つまみ簪

「またその簪、貧乏くさいからよして」一膳飯屋の娘おゆいの友達おあきが呆れた声を出した。
おあきは、呉服屋の一人娘でいつもお針の稽古には正絹の小紋を着てくる。もともと武蔵野国のお武家だったらしいが、浪人の身となり江戸で商売を始めたのが呉服商だと、おあきが話していた。「うちは、武士だから」がおあきの口癖だ。

貧乏くさいと言われた簪は、おゆいがこの前仕立てた小紋の余り布でこさえたものである。もうすぐ幼馴染の松蔵兄さんと所帯を持つ。その祝言の時に着ようと糸車文様の小紋を仕立てた、その余り布だ。できるだけ色のある場所を表に出すように合わせているので、着物よりも濃い色味に見えて、別布で作ったようにも見える。それが少し華やいだように見えて、おゆいは気に入っていた。

「そうかな」
「そうよ。そんなにものが良い布じゃないし、端切れじゃない」
並んでいたおあきが少し引いて、おゆいの顔を見た。

「それに、肌だってなんだか疲れてるし。ちゃんとぬか袋で洗っているの?」
「洗ってるけど、そんなに変かしら」
「洗ってないでしょ。わたし、おゆいちゃんの肌とか髪とか、綺麗だなんて思ったこと一度もないわ」
つまみ簪の話から肌の話になり、髪まで出てきた。そろそろ胸に薄い膜が貼るのを、おゆいは自覚していた。

どうしておあきちゃんの話は、こんな気持ちにさせるのかしら。

「うちは武士だし、わたしは武士の娘だから、いつも美しくしていなくちゃいけないの。つまみの簪も、出入りの職人につくってもらうから綺麗なのを見慣れているせいかもしれないけど」

続くおあきの言葉に、この灰色の膜はおあきへの嫉妬や妬みなのではないかと感じてしまう。しかし、おゆいにはその見解もしっくりこなかった。おゆいにとって、おあきは良いところのお嬢さんでいつも身綺麗にしていて、世話焼きの友達でしかなかった。羨ましいという感情がなかった。それゆえに、自分が嫉妬をしているという感覚が、どうにも理解できないでいたのだ。

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